その十一 マルチメディア


研究員
ええい、じゃまくさい。面倒臭い。堪忍してぇな、ほんまにもぅ。ホームページ作るの嫌いやねん、わし。昔から絵下手やし、パソコン嫌いやし、足臭いし。あぁ、いやや、いやや。せやけど、マルチメディアや、インターネットや言うても、たいしたことないかもしれへんな。絵が出るとか、音がでるとか言うても紙芝居と変わらへんがな。それに、ごっつ遅いがな。いわば視覚と聴覚だけやないか。味覚、嗅覚、触覚という人間の微妙な感覚がないのは片手落ちやないか。あほらしい。こんな未熟なマルチメディアやめよ。そや、止めよ。止めよ。
研究所長
こら、そんな言い訳、通りまへんで。今年の正月にわしが言うたやろ。『今年の研究テーマは味覚や。社運をかけて味覚のデジタル化をせぃ』って。
研究員
誰が本気で聞いてまっかいな、そんな冗談。あほらしい。
研究所長
あほなことあるかい。わしはなぁ、遊んでるように見えるけど、ひとりで研究に研究を重ねてるんやぞ。おまはんらは知らんやろけれど、陰でこつこつ地道な努力の結果、プロトタイプのハードでけたし、ネイチャー紙にも論文投稿したし、特許も申請したがな。
研究員
無茶しよるな、ほんまに。ほな、いっぺん味見さしてもらいまひょか。プロトタイプなるものを。
研究所長
今あんたが使てるパソコンのマウス、それやがな。ただのマウスちゃいまっせ。びっくりすなよ。裏に味デコーダが組み込んだるさかい。画面の絵にカーソルを合わせて、マウスの裏をなめてちょうだい。まずは苺の絵を画面に出して。ぺろっといきまひょ。ぺろっと。
研究員
ほな、遠慮なくなめさしてもらいまっせ。ぺろっと。オーマイゴッド。苺の味がする。せやけどこのマウスの玉、なんや赤ーいで。ねばねばするし。それに苺の種やろうけど、黒い胡麻みたいなつぶつぶがあるで、表面にびっしり。そう言やぁ、今朝からここいらをうろうろしてはった所長の悪ガキ、いや所長の御子息、おかあちゃんにもろた飴玉がない言うて、えらい泣いてはりましたがな。かなんな、マウスのボールの代わりに飴玉入れたら。あほらしい。なんぼ味がある言うても、誰が、こんなもん、有難たがりますかいな。
研究所長
そんなことおますかいな。ちゃんと蟻がたかってます。種みたいに見えるけど。