その九 奉公



番頭
「わしは、もうあかん。明日には年(ねん)が明けて、つらい奉公が終る、晴れておまえと所帯がもてる、親元にも顔向けがでけるて思てたけど、それまでもたんわ。
 熱が出てきた。耳が聞こえんようになってきた。脈が遅うなってきた。意識も薄れてきたがな。ほんまにもうあかん。手を握って話を聞いとくれ。わしが奉公に出されて明日でちょうど五年。辛抱したがな。仲間は皆二年か三年で辛抱しきれんと潰れてしもた。

  わしは、小さい時からよう働いた。帳簿がでけたさかいな。始めは漢字があかんかったんやけどな。大番頭の栄徳はんに厳しゅう叩きこまれてな、つらかったけど、今では生字引いていわれるまでになったがな。わしも昔は仕事が速かったさかい人気あったがな。もてたがな。一時はスターやったがな。日本の標準やったがな。ファンがうるそうて、そら、すごかったもんや。

  もうあかん。先に逝くけど堪忍してや。えっ、愛してるて。あほ、今頃遅いわ。耳が遠なってきて聞こえへんようになってきた。

  ♪愛してるて言っても聞こえない、耳が遠くて♪ なんちゅうギャグも、これでしまいや。ほんまに、もうあかん。おまえはまだ若いんやさかい、旦那はんに可愛がってもらいや。」

 女中
「うちも、もうあかんのどす。明日には年(ねん)が明けて、あんたと一緒になれる、京都の親元に帰れる思うてたんどすけど。まだまだ若いと思うてたんどすけど。それまでもちまへんのどす。うちも所詮は消される運命やてことが、11月の末に初めて分かったんどす。

  売られて来てから丸三年、辛抱したんどっせ。つらい仕事どすさかいな。朝から晩まで働きづめで、夜中まで終夜運転どす。うちは、あんさんよりは見た目がきれいで、ちょっとは使い易かったよってに人気があったんどす。世界中の人に愛されてるて思うてたんどす。遅い遅いて、いじめられても辛抱してた、うちがあほやった。

  うちも、もうあかんのどす。記憶が段々消えて行くのが分かるんどす。」

 研究所長
 そっちの古いパソコン、明日でリース切れやったな。五年間よう使たけど、ちょうど今つぶれたさかい、処分しといてや。冷却ファンがうるさいさかい電源切っとくで。それと、こっちのパソコンな、Windows95上書きでインストールしといたで。Windows3.1とDOSは消したさかいな。気いつけてや。